精力善用、自他共栄

幼い頃からの母の教えや父の行動哲学を通して受け継いだ「心身の持つすべての力を最大限に生かして、社会のために善い方向に用いる」という「精力善用」の精神と、柔道の修行を通して体得した「相手に対し敬い、感謝することで、信頼し合い、助け合う心を育み、自分だけでなく他人と共に栄えある世の中にしようとする」という「自他共栄」の二つの規範は、生涯を通して治五郎の進むべき道を示し続けた。
治五郎は、柔道の道を究め強くなり、地位や名誉を得たあとも、決して驕ることなく、学問においても柔道においても人より研鑽を積み、常に向上心を持ち続け、更なる目標を作り自らが世の中の役に立つことを常に考えた。ここに、「精力善用」「自他共栄」の精神は、世界の平和に繋がるという信念にまで高められたと言える。
多くの若者に影響を与えていた治五郎は、修行で培った力は、相手をねじ伏せたり、威圧したりするために使うのではなく、世の中を良い方向に動かすために使わなければならないと弟子達にも伝えた。また、講道館柔道が世界の柔道へと発展していった背景には、治五郎が、自らの技を磨くだけでなく優れた後輩を育てるために国籍や人種に囚われず公平に指導したということが大きい。
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人は自分との共通性で距離が近づき、相違性で恋に落ちる。しかし、その相違性がやがて別れをもたらす。「好きな相手を振り向かせるには」好きになった相手が「似ている」と感じさえすればいいのである。似ている」という「真実」が重要なのでは無く、「似ている」と「相手に感じさせる」事が大切なのである。

しかし、「別れるカップルと別れないカップルの違い」別れ」に繋がる原因は両者の「相違性」。人は自分との共通性で距離が近づき、相違性で恋に落ちる。しかし、その相違性がやがて別れをもたらす。しかし、この相違性が相補性であれば、その関係は継続していく。カップルにとって、「相違性=相補性」となっている事が交際の継続において必須となるのである。


「ありのままの自分を愛してください」
自分はいったいどんな存在なのでしょうか。ズルくて、欲深くて、怠け癖があり、そして何より自分が大好きで
こうした、自分の全てをさらけ出しながらも、「ありのままの自分を愛してください」そんな傲慢な考えを持っていたら、愛されるはずがない。好かれる努力が大事。


絶対に「手中に収められない物」に対しては、誰もが興味が沸かない。しかし、それと同じくらいにまた「容易に手中に収められる物」にも興味が沸かない。手中に収められそうで、ギリギリ収められない物に対して、強烈に「欲しい」と感じるのである。

「好き」と言いながらも、「もっとこうなって欲しい」と相手に変化を要求することは、相手の個性や人間性を見つめず、相手を「自分の理想像」へとはめこもうとする。本当の好きは、相手からもっと「好き」になってもらえるよう「自分自身の価値観」に変化を起こしていくことなのである。

恋人に「浮気」を問いただされると、凄い剣幕で怒りだす人がいますが、「痛くない」お腹は、いくらさぐられたとしても、くすぐったいだけなのです。「そんなに自分の事が好きなのか」とデレデレになるのです。浮気を問いただされて怒りだす人は、やはり「痛い」から怒るのです。

「あなたを愛しているから、浮気を望むならそれを認めます」ここで言う「愛」とはなにかしらを狙っている「打算」以外のなにものでもないのである。もしそんな人がいたならば、あなたはそこから全速力で離れた方がいいだろう。愛と打算、この二つのベクトルは、いつだって正反対を向いている。「どうしても落としたいが落とせない人」がいる女性は「私、彼氏の浮気とかってOKなんだよね」と言って、計算高く相手の懐に入り、既成事実を積み上げる作戦が有効なのは言うまでもない。怖!

不倫は①一緒にいて余裕がある。不倫男性には妻がいるからです。「自分には、絶対に別れない(であろう)パートナーがいる」
こう思えている不倫男性は、それは余裕があって当然です。そして、不倫男性は、いつだって「もし、妻にばれそうになったなら、すぐさま関係性を清算する」こうした思いを胸の内に秘めているのです。また、たとえ相手からふられてしまったとしても「トラブルことなく関係を整理できてホットした」その程度でしか、二人の関係について考えていないのです。不倫相手の男性が、独身の男性よりも「堂々と」しているように映るのは、実はこうした「立ち位置の違い」にすぎないのです。
②精神的に大人で優しい。これは分かり易く言うと、要はなんでも私のワガママを聞いてくれる」では、なぜ不倫男性はなんでも私のワガママを聞いてくれるのでしょうか。それは、不倫男性にはいつだって「後ろめたさ」があるからなのです。相手に何かしらのウソをついている」「相手の将来の幸せを奪っている」こんな時、人は恋愛にかぎらずその後ろめたさから、自然と「優しく」なれるのです。「優しい人」実は、こうした人はいつだって「ずるい人」である可能性を秘めているのです。
③お金を持っていて、自分の知らない体験をさせてくれる。これに関しては、様々なケースや事情があるのでしょうが、もし、年配の相手と不倫をしていたなら、それは自分の同世代の男性に比べて経済的余裕があるのは当然なのでしょう。
こうして書いてみると、多くの女性が不倫にはまるその理由が見えてきます。「余裕があって優しくて、ワガママも聞いてもらえてお金まである」自分のイヤな所、ダメな所を相手から否定されることなく受け入れてもらえ、精神的にも経済的にも、自分と比べて大幅に余裕を感じる男性によりかかる。こうした状態を続けている限り、女性は、たとえどんなに美人であったとしても、いわゆる恋愛偏差値のようなものは最底辺に位置したままになってしまうのです。お互い人として、嫌な所、ずるい所を全て見せ合い、その上で相手を許しながら自分を成長させていく、不倫とは、これらの事から全て目を逸らすことができる格好の「お客様恋愛」

「どうしても恋人ができません」こうしたことを言う人の多くが、実は、過度に自分を理想化し「高望み」をしているだけ。「自分は特別な存在なんだ」、こうした気持ちが過剰。恋愛とは相手と対等の関係性を築いていくことが必要不可欠なはずです。しかし、こうした人というのは対自分においてでさえも対等な関係性を築けていないのです。そして、自身の「ナルシスト願望」を満たそうと、それを埋めるべく相手に恋をするのです。このような人はどうしたらよいのでしょうか。「ありのままの自分を受け入れ、認めていく」こうした作業を積み重ねていくしかないのです。人は、「ありのままの自分を好きになる」、こういったことをできるようになれば必ず、「ありのままの自分に見合う相手を見極められるようになる」のです。

「もう少し、彼の年収が高かったなら……」「もう少し、彼女の外見がよかったなら……」自身の交際相手について「もう少し○○だったなら……」と、こぼす人がいる。でも、そんな人はちょっと考えてみてほしい。
・もし、相手の年収がもっと高ったなら
・もし、相手の外見がもっと良かったなら
その人は、あなたとはつき合わなかったかもしれないのである。そもそも、あなたはなんのために恋愛をするのだろう。相手の弱点を正すため? そんなはずはないだろう。あなただって、相手から自分の弱点を正されたくて付き合っているわけではないはずである。そうではなく、恋愛とは、あなたが好きな人とずっと一緒にいられるよう成長する「チャンス」なのである。・相手の年収に不満があるのなら、その分、あなたが稼ぐ勉強をすればいい。・相手の外見に不満があるのなら、まずはあなたが素敵になればいい。これこそが、あなたが恋愛をする本当の意味

「種をばら撒くのはオスの本能だ」こんなセリフで、自分の浮気や不倫を正当化する男性。「この人の頭のレベルは、オス=動物並」。「自分のとった行動を、本能を引き合いに出して正当化するような人間は、犬や猫と変わらない」

恋愛スキルが高い女性は、彼が仕事で忙しくて会えない時も、自分一人で楽しめています。彼から、なかなか会えなくてゴメンね急に取引先に呼ばれちゃって、こんなことを言われた際も一人でも楽しいから大丈夫。こうしたセリフをさらりと言えるのです。反対に、一人の時間を楽しめていない女性はどうして、もっと会ってくれないのと、彼を責めてしまいます。彼と会っていない時も輝いている女性は、彼と会っている時も輝いています。そして、そんな女性を男は離しません。一方で、彼がいないと毎日を楽しめない女性は、自分の人生が彼に依存をしているのです。彼と会えないときでも、充実した日々を送れている・彼と会っている時は、その瞬間をしっかりと楽しむことができるこうしたスタンスこそが、彼を離さない大切な恋愛スキルといえるのです。

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